お元気ですか たもがみ節子です

母と子の幸せ願って50年、安心して住める町づくりに全力で頑張ります

2012年11月29日(木)

名古屋へ保育の講演に行ってきました [保育問題]

 東海保育問題研究の全国実践交流会へ
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 深谷市のとくら・さくらんぼの保育を学ぶ全国の保育士のみなさん、各地区で保問研を作って勉強しています。年に二回(春と秋)全国の仲間が一同に会し学んでいます。春の北埼玉保問研責任で園長、主任研修に続き、「ごんぎつね」の童話で知られている新美なんきちの文学とゾウ列車の合唱曲の作家をお呼びして、実技と講演を第一日目に行い、二日目は私と深谷市のさくら保育園元園長の今井日出子氏と私の「斉藤公子氏が伝えたかったこと」と題して二人で二時間半を受け持ちました。
 私は若い保育士さんに、12年間斉藤公子氏と一緒に生活して学んだ事、保育士さんに伝えたいと「どんな保育士になってもらいたかったのか」を具体的な出来事をまじえてお話しました。子どもの可能性を引き出す仕事は、自分を変革する仕事であり、保育の技術は勿論、子どもの生活まるごとを受けとめ平和な社会と安心して働き続けられる世の中があって成り立つ、真に子どもを守る立場に立とうと云う事は、その障害になっているものを変革することなしには成り立ちません。
 世の中の動きを知る事、その家庭の状況を知る事、そしてなによりも物事を科学的に捉え今何をする事が必要かを集団で検討することです。一人ひとりの子どもの生育暦を学び、その年令にふさわしい発達状況に合った保育をどう保障してゆくのか、一人の担任だけの責任でなく園ぐるみで取り組んで行きます。その責任の重さを自覚して保育に当たること、常に学んでゆかないとこの責任をはたすことはできません。厳しい面が多いけど、またやりがいと子どもたちが立派に育って卒園してゆく姿を保護者と卒園生と一緒に喜ぶ事ができることです。
 保育を必要とする子どもたちが一人でも多く、この保育を受けて自律してゆき、大人になっても心の故郷となる保育園でありたいと願っています。

Posted by たもがみ 節子 at 05時28分   この記事のURL   コメント ( 0 )

2011年12月07日(水)

全国の保育士が580人集まった保育実践交流会とさくら・さくらんぼ保育資料室開室 [保育問題]

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 昨年亡くなった斉藤公子さんが呼びかけ、受け継がれてきた全国保育実践交流会(年2回開催)が11月19日、20日、深谷市の第二さくら、さくらんぼ保育園等を会場に開催されました。また、その実践交流会に合わせて、さくら・さくらんぼ保育の資料室オープンをめざして取り組みを進め、11月20日に開室のお披露目と記念講演「さくら・さくらんぼ保育の源流」と題して、私が約1時間講演することになりました。
 私は、保育から離れて17年になりますが、32年間、保育士として、園長として保育に携わり、私の人生は保育なくして有り得ないこともあり、お話すことになりました。なお、この講演内容は、後日このブログに載せることにします。
 さくら・さくらんぼ資料室開室にあたり、さくら・さくらんぼ保育の歴史と全国にこの保育が広がって行った中味は何なのか、多くの保育士が「良い保育をしたい」「どの子どもも発達させたい」との思いで、さくら・さくらんぼの保育を学び合いました。
 そこに一貫して流れているものは、保育の技術だけでは子どもは発達しない、子どもを取り巻く社会環境はもちろん、あらゆる面から物事を科学的にとらい、今何をしなければ成らないのか明らかにし、保育者集団も、保護者集団も行政を動かしていくことの中で、私達が求められている保育は開花すること、等々を学べる場として活用できるのが資料室です。

Posted by たもがみ 節子 at 14時15分   この記事のURL   コメント ( 0 )

2011年06月03日(金)

ゆずの木保育園園舎建設竣工式によせて [保育問題]

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東秩父高原牧場のポピー

 私が保育専門学校の二年生の時、深谷市のさくら保育園の園長だった斉藤公子さんの講演を聞いて心踊り、夏休みに四泊五日間実習させてもらい、保育士のイメージが一変し「保息によって子どもたちは変る」ことを実感しました。
 そして「保育士としてここで働きたい」との思いを強め手紙を書き、「給料はいくらでもいいから保育士にしてください」と飛び込み12年が経過しました。
 当時は「ポストの数ほど保育所を!」と高度経済成長期と合い間って、先輩の保育士のみなさんは「さくら保育園のような保育園がわが町にでも欲しい」という要望に応え園長として出て行っていました。そうした中で私は、若輩ながらさくら保育園で園長代理をしていました。
 隣の寄居町から当時季節保育所から保育園となったさくらんぼ保育園に13名の子どもたちが通っていました。ところが深谷市の子どもたちも入園を待っていましたので、「寄居町の子ども達は預かれない、自分達の所で保育所を作りなさい」ということで保育所づくりが始まりました。
 私は0才、3才、5才児を抱えての園長の職務は、職員をはじめ、多くのみなさんのご努力によって支えられて始めました。
 1975年4月現在の地に「ゆずの木保育園」は誕生しました。それから35年が経過し、園長も4代目となりましたが、園舎の建て替えが行われ、6月5日(日)に竣工式を迎えることになりました。
 「さくら・さくらんぼの保育」を寄居町で実践してゆくことは非常に大変なことでした。近所から保育園に入園する子どもはほんの僅か。「共産党の保育園」と言われていたようです。保育園の園児も職員も、日本一素晴しい自然環境の中で、リズムと散歩と手作りの給食で毎日毎日を満喫した生活でした。当初から障害のある子どもも一緒に生活し、一緒に育ててきました。
 私達の保育方針に保護者のみなさんもとても協力してくれ、子ども達はのびのびと子どもの可能性を発揮してくれ、保育士も負けじと研究学習を積み重ねたことが昨日のように思われます。

 私は20年間園長として手探りをしながら園の方針である4つの目標@子ども達の全面発達の保障、A職員会、保護者会、後援会、理事会で一体となった民主的運営、B地域のみなさんとの協力、C民主的運動に協力共同で行うことを実施して来ました。
 その後、私は町の議会議員として16年が経過しましたが、32年間の保育の仕事は私の生き方の原点であります。
 エミールの中でルソーは、「農婦のように働き、哲学者のように考える」ことを強調したています。斉藤公子さんの好きな言葉でもありますが、私も好きです。
 いま、ゆずの木保育園には卒園生が親となって子どもを預けている人たちも出て来ています。いつの世も保育園では子どもが主人公で生活できる保育園がこれからも引き継がれて、より発展して行くことを心より祈念いたします。 
 

Posted by たもがみ 節子 at 11時22分   この記事のURL   コメント ( 0 )

2010年02月13日(土)

ゆずの木保育園 園舎建て替えに思う そのW最後 [保育問題]

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 私が園長として大切にして来たことに「保育士にあこがれる保育士になること」このことは、子どもたちからも「あこがれる保育士であること」につながります。身近な大人にあこがれる。このことは、非常に大切なことだと教えられました。
 他の保育士にないもの、光るもの一つは持つこと「子どもはあこがれ、信頼します」信頼がないと教育は成り立たないことを教えられたのです。また園長は、保育士が保護者の方にいいずらいこと、しかし言わなければならないこと、「子どもは変えられる、子どもは変る」変えるためには、保育園では保育士が変ること。家庭では大人(保護者)が変ることが求められられます。このためには、いいずらいことも言わなければなりません。担任と保護者の関係を少しの期間でも悪くすることは、子どもに影響します。それを避けるためには、園長がその役割を果たさなければなりません。良い役割ではありませんが、園長と保育士の信頼関係の中で子どもを変える、発達させることは無限の可能性を持っています。
 特に障害のある子どもさんは、大きく変ります。そこが保育の醍醐味ではないでしょうか。
 私が現在あるのは、保育士32年間が土台になっています。

Posted by たもがみ 節子 at 11時36分   この記事のURL   コメント ( 0 )

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