お元気ですか たもがみ節子です

母と子の幸せ願って50年、安心して住める町づくりに全力で頑張ります

2014年08月19日(火)

忘れてはいけない8月15日(終戦記念日) [日々の活動]

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 83歳にして今、口を開いた被爆者の声、あっという間に家族6人を亡くし、14歳だった彼は、親類に引き取られました。それから口を閉ざし被爆のことは口にして来ませんでした。しかし、安倍首相の集団的自衛権の容認の閣議決定は、「戦争に傾いている」と受けとめ「もう二度とあんな愚かな戦争はしない」と私たちの世代は心に決めていますと語り、自分が眼にしたあの広島の出来事を語り継ぐことが、戦争を知らない人への自分達の使命なんだと思うようになったと語っています。
 私の夫は8月6日生まれ、5歳の時に広島の原爆でした。私は3歳で当時のことは殆んど知りませんが、戦争で防空壕の中で生まれたばかりの妹が「蚊」にさされないようにうちわで扇いだこと。前橋が焼かれた時の空の色(真っ赤というか)を覚えています。
 今も世界では戦火の中を逃げ惑う子どもやお年寄りなどの姿をテレビの映像で見るにつけ「どうして話し合いで解決しないのだろうか?」と思う。
 日本は、69年間も戦争をしなくて幸せに暮らしているのは、あの悲惨な戦争の教訓から二度と戦争はしないと「憲法で決めた」からです。守らなければなりません。

Posted by たもがみ 節子 at 04時56分   コメント ( 0 )

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