お元気ですか たもがみ節子です

母と子の幸せ願って50年、安心して住める町づくりに全力で頑張ります

2010年04月25日(日)

故 斉藤公子先生の偲ぶ会に参加 [日々の活動]

「斉藤公子を偲ぶ会」の開催でのごあいさつ
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 最初に「偲ぶ会」開催の準備に、この間ご苦労くださいました実行委員会のみなさんに感謝申し上げます。
 私は今から47年前、昭和38年4月、認可されて間もないさくら保育園の職員となりました。
 斉藤公子先生との出会いは、群馬の保母学校に講演に来てもらったことです。「この人の保育園で保育がしたい」と家族の反対を押し切って、カンドウ同然で深谷へ、斉藤先生と共同生活を送りました。20代の何も分からない私には、見る物、聞く物全てが新鮮で何もかも勉強でした。
 さくら保育園は、保育士の方も、事務の方も給食室で、働く方みんなが心一つに保育を支えていることに感動しました。また、どうしてこんなにも楽しく明るく保育ができるのか疑問でした。この根底には、日本共産党の精神が貫かれていたことを知り、迷わず私も仲間に入れてもらいました。みんなが幸せになるための社会をどうつくるのか。子どもの可能性を引き出し、全面発達をさせるにはーーー、よく勉強しました。物の見方、考え方も学びました。そこには法則があること、保育もこの法則にのっとって行うことなしには発達を保障することはできない等々。
 斉藤先生は、文学、科学、芸術等々、最高のものに触れることを教えました。当時の学者、柳田健重郎さんから労働講座で弁証法的唯物論を学び、埼玉大学の清水ひろし先生から10年に渡り教育学者のエミールを自分の生活や、保育の実践と重ね合わせて、具体的に学びました。 
 斉藤先生は「農婦のように働き、哲学者のように考える」ことを大切にし、私たち保育士にも「身体を使ってやる仕事に労をしまず、また考えて行動するように」を教え、子ども達もこのように育てることを無言のうちに教えてくれたように思います。
 私は12年間、20才代、青春期をさくら保育園で保育士として、また地域の青年のみなさんと民主青年同盟の地区委員長としてもお世話になり日夜を分かたずの活動は、私の活動の生活の土台になっています。
 32才で隣り寄居町のゆずの木保育園の園長となりました。6才、4才、1才の子育て真っ最中でしたが、地域のみなさんの熱意と「さくら保育園と同じような保育園を寄居町にもつくりたい」の思いでつっぱり、苦労もしました。
 保育園が落ち着いて取り組んだのは、民間三園の連絡会をつくって、三園で相談して行政に当たる、保護者連絡会、公私の保護者が一同に集える場を、保育士の質の向上と待遇改善・交流をと、公私保育士の集える「ひまわり保育の会」を結成し、現在に至っています。
 私は52才で議会議員となり4期16年目に入りました。政治の大本は国政です。国政を変え、町政を変えるために、みなさんからエネルギーをいただき、斉藤先生の精神を生かし、頑張りたいと思います。 
 以上でごあいさつにかえます。

Posted by たもがみ 節子 at 05時54分   コメント ( 0 )

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