お元気ですか たもがみ節子です

母と子の幸せ願って50年、安心して住める町づくりに全力で頑張ります

2008年08月17日(日)

「終戦63周年記念日」に思う [日々の活動]

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庭の花

 8月15日は「終戦記念日」です。私は毎年、町内7地区を街頭から「平和の素晴しさと二度と戦争をしてはいけないこと、今も世界で戦争に苦しんでいる人たちが居ること、一日も早く平和的解決ができるようーーー」と約10分間ほど訴えます。お盆休みなので運転手と司会は夫です。午前中2時間ほど行いました。
 私は、終戦を3才のときに迎え、記憶があるといえば、わずかですが防空壕の中で「カ」が妹に刺されないよう追い払う役割をしたこと、父が出征する前に近所にあいさつまわりをし、その後をついて回ったこと、空襲のサイレンが鳴ると裸電球に黒い覆いをかぶせ暗い中を防空壕に隠れたことなど思い出します。しかし、この記憶も家族が話していたのを聞いて、そう思い込んでいるのかも知れません。
 私の父は、12人兄弟の5番目で3男です。男7人のうち5人が出征し、2人が負傷して帰ってきました。戦死した人は幸いにも一人もいませんでした。戦争がそれぞれの人生を大きく左右し、自分の夢や思いはどうにもならないことは勿論、食べる、住む、など生きるための当たり前の生活が保障されないことです。私よりも年齢の大きい人たちは、そのことを実感して来ているのではないどしょうか。
 日本は長いこと戦争を繰り返し、アジアで二千万人以上、日本国内で三百万人以上の犠牲者を出しました。この上に立って日本は、二度と戦争はしないと憲法9条が生まれたのです。
 今では世界がこの憲法の素晴しさを評価しております。しかし、残念なことに日本の中には、「改憲の議員連盟」を組織し自民党、民主党の幹事長がその役員に名を連ねているなど平和を守ることはたやすい事ではありません。事あるごとに真実を訴え続けることしかないように思います。
 63年間日本はどこの国へも戦争に行かなかったし、一人の負傷者も出していないこの事実こそ、みなさんとともに共有したいと思います。


Posted by たもがみ 節子 at 05時26分   コメント ( 0 )

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