お元気ですか たもがみ節子です

母と子の幸せ願って50年、安心して住める町づくりに全力で頑張ります

2008年07月30日(水)

身近な方々の葬儀に思う [家族のこと]

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庭の花

 6議会の後、7月22日の間に5名の方が亡くなりました。その中に夫の兄の死があります。74才と11ヶ月で亡くなった兄は、9人兄弟の4番目です。5番目の兄が先に亡くなっているので、兄弟は7名になりました。
 夫は福島県郡山市の田舎で、働き者の両親に育てられましたが、家は貧しく毎日の生活は大変だったうです。子どもたちはそれぞれ大きくなると、腕に商をつけ理髪店、豆腐店など営んでいる人が半数近くおります。
 亡くなった兄も長年豆腐店を経営していましたが、高齢になり跡継ぎの方も将来性について考えて店じまいをしました。その後脳梗塞で倒れ、左半身のマヒが少し残り、リハビリを続けていたようですが、肝臓の方が悪くなり入院しました。入院して3ヶ月でした。私達夫婦がお見舞いに行ったときは、良く寝ていてお話しすることは出来ませんでしたが、その3日後に急変したようです。
 身近との大役なども受けずにいたので葬儀も親族が中心のようでしたが多数の人に見送られていました。孫の「お別れのことば」は胸を打ちました。中学のとき進路に悩み、苦しんでヤケになっている時、小旅行に連れて行き海を見せてくれた。特別な言葉は何もなかったけれど、海で泳いだりしているうちに気持ちが落ち着いて来て、「これじゃあいけない」といつもの自分に戻ることができた、いつも大事なところで存在感が発揮され、おじいちゃんはなくてはならない存在だったと。
 奥さんは「元気なときも、病気のときもわがままな人だった」と言っていましたが、亡くなる前の年に家族旅行したり、船での日本一周の旅を夫婦で行ったりと良い人生だったのではないでしょうか。
 私のご近所の方、4名も70代、80代と家族のため日本のために精一杯働いてきた方々でした。ご冥福をお祈りいたします。

Posted by たもがみ 節子 at 11時39分   コメント ( 0 )

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