お元気ですか たもがみ節子です

母と子の幸せ願って50年、安心して住める町づくりに全力で頑張ります

2007年01月06日(土) 小寒

たもがみ節子のプロフィール [プロフィール]

 1942年5月、群馬県高崎市(合併前、群馬郡群馬町)に、堤長吉・カネの長女として生まれる。3年後に妹が誕生し、祖父母、両親、叔父と7人家族の中で、農家の後継ぎとして育てられる。

 小・中学時代は活発な児で、運動会では花形選手でした。中学校ではテニス部で活躍し、郡大会で優勝し県大会に出場しました。

 高校でもテニスは続け、全日本大会を目指しましたが、パートナーが途中で家族の事情もあって止めざるをえず、関東大会3回戦で敗退となりました。農家の後継ぎとして「農大に入りたい」と言ったが許可されず、朝、夕、忙しいときには農家の仕事も手伝い、自転車で通える「保育士の専門学校」に行くことになった。

 群馬県立高等保母学院で、深谷市の「さくら保育園園長・斉藤公子さん」の講演を聞き感動し、今まで見たことのない保育士で園長にビックリ。「でも保育園へ行って子ども達を見てみないことには信じられらない」と出掛け、夏休みの一週間保育実習をしました。ここでまたまたビックリ、子ども達が大きく見える、年長さんは小学校3、4年生に----。“どうして、どうして" 保育のやり方、子どもの見方、とらえ方で子どもが変わる、何が根底にあるのか、自分自身も変われることのおどろき、「ここで働きたい」と決意しました。

画像(105x180)・拡大画像(276x470)

 20才から12年さくら保育園で働き、25才で結婚し、32才で寄居町のゆずの木保育園の園長となる。1才、4才、6才の子育て真っ最中、職場の仲間を初め、地域の皆さんに支えられ20年間園長を勤めました。

 52才のときに、寄居町議会議員に初当選、1期目は、文教厚生常任委員会で、乳幼児の医療費の無料化(当時通院0才児、入院2才)の無料化、健康診断の無料化、学童保育所を各学校に、小・中学校のトイレの洋式化と水洗化の実現に力を入れました。

 2期・3期は総務常任委員会で請願などの署名に印鑑なしでも有効にしたり、ゴミの回収を完全週2回制(祭日などは回収しなかった)にすることができました。また公共工事にかかわる建設労働者の退職共済年金制度の充実。公道に設置されている電柱や電話線柱など道路占有条例の見直しを迫り、東電、NTTなどから町へ税金を入れるようにさせるなど成果を上げてきました。

Posted by たもがみ 節子 at 07時41分   コメント ( 0 )

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